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2007年08月09日

8月6日と8月9日を迎えてこのエントリーを含むはてなブックマーク

8月6日8:15と8月9日11:02は、広島、長崎にとって忘れられない日だ。

説明すると1日かかっても無理なので、そのあたりはwikipediaでも読むか、広島や福岡、鳥栖に遠征に行ったときに一度原爆資料館(広島長崎)に行ってほしい。
無理な方はバーチャルツアーもあるみたいです。

俺の母方のじいさんは8月10日に広島の西練兵場(今の中央公園や市民球場あたり。つまり爆心地から数百m)に召集令状が出ていたということで、入市被爆した。広島駅から己斐駅(現在の西広島駅)が見えたそうで、呆然としたと話してくれていた。西練兵場に着くと、何百人も招集されていたのに集まったのはじいさんを含めて3人だけだったそうだ。その3名はまもなく原爆症で亡くなり、じいさんは甲状腺ガンを25年後に発症している。そのじいさんも去年、亡くなった。

俺の父方のじいさんは、爆発の瞬間、30km離れた西条で農作業をしていたそうだ。そのときは「太陽が昇っているのにもう一度日の出があった」と言っていたらしい。実際に広島原爆の表面温度は数千度、爆心地の地表温度は4000度に達したそうなので、本当に太陽があったようなものだ。
その夜、西条には被爆したボロボロの知人がたどり着き、じいさんは知り合いを助けるためにすぐに広島に向かったそうだ。そのため、じいさんは翌日には広島で入市被爆している。じいさんは85年、甲状腺ガンで亡くなった。

だから、確かに小さい頃は「アメリカ憎し」だった。
「原爆も悪いが、それを落としたアメリカはもっと悪い」と思っていた。

こういう意見が出ると言うことは、彼は本当に偉い人なんでしょう。
人類すべての罪を共通の価値観で認識し、自分のやったことも、他人がやったことも等しく自分のこととして認識し、あらゆる価値観に共通する判断基準を持っているのでしょう。
・・・まあいいです。そういう人もいるもんです。

個人的には、国家的な残虐行為については認めるべきだと思いますが、その際にきちんと「その行為に参加した兵士たち」のケアをしてほしいと思っています。そうしないと、ベトナム帰りの兵士をたくさん作ることになると思うので・・・

彼は「原爆投下のことを「人類史に比類なき暴虐」と評する以外は断じて許さず」と言っていますが、実際に被爆者に会ってみるといい。
確かに、今でも自分の人生を破壊した原爆のことを憎み、アメリカを憎んでいる人もいる。憎んでいた人はもっと多い。でも、彼らはもうそういう場所はとっくに過ぎ去っている。

ただ、繰り返してほしくない。
ただ、もう二度とどこにおいてでも起こってほしくない。
それだけを願っている。行動している方すらいる。

いろいろ批判もあるがワールド・トレード・センターの「グラウンド・ゼロ」という呼称は特に気にしていはいない。突然命が奪われたのだからその点は共通しているから。別にアメリカがイメージを消そうとしていても気にしない。二度と「グラウンド・ゼロ」を作らないのであれば。

俺の二人のじいさんの口からは、原爆投下や戦争に対して憎しみの言葉は出てこなかった。ただ、「もうやりたくない」という言葉のみだった。そこに政治的な意図はない。
政治的な意図があるのは、被爆者を利用する人たちだ。
たとえば、祈念式典でこの1年の成果をアピールする首相だ・・・。

ますたろうは誤解を招きかねない表現をしているが、根幹は同じ。
もう僕たちは次のステップに進まなければならない。
世界共通で思われているのは、「大量破壊兵器を使われたくない」「大量破壊兵器の被害に遭いたくない」ということだ。
これを純粋に発信するべきだと、強く思う。
被害者ですらそうやっているのだから、なおさらだ。


それにしても(朝日のまね)、ゴール裏の中心部のことを爆心地と呼ぶバカの気は知れない

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2007年08月09日 11:02

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コメント

同意ですが、
今のこの平和宣言、
http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1110537278566/index.html
はがっかりさせられましたなあ。
謙虚に原爆と言う兵器の事実を解っていただく。
政治とか、投下の是非を説いていては広がりが出るわけが無いとしみじみ思いますねえ。
そういう意味では式典も転換期にきていると言えるとも思いますけど、
原水爆禁止日本国民会議と原水爆禁止日本協議会が統一さえ出来ない。
そんな政治的なエゴを捨てるトコから始めないといけないと思いますがねえ。

投稿者 雄三 : 2007年08月10日 17:17





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