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2009-12
Jユースカップ決勝:気持ちには引力がある
行って参りました。
実は寝坊して、8:30起床。よく9:30の新幹線に乗れたな俺。東京駅の800mダッシュ頑張りました。
試合前
12:51にどうにか長居に着き、最初に目に入ったのはビッグアーチでしか見たことがないサンフレッチェバス。

撮ってから気づきましたが、寮長が乗られていました。寒いからかな。実はマツダレンタカーでもう一台バスを借りられていまして、多分ユースのメンバー全員で来ていたのではないかと思います(後で知ったことですが、広島以外のメンバーは現地解散と言うことだったみたいです)。
入口で新潟のヘッドコーチ就任が決まったポイチさんとすれ違いつつ、久しぶりの長居スタジアムへ。
試合~序盤~
最初は完全にFC東京ペース。プレスに戸惑って、いつものプレーが出来なかった、という感じではあったが、とにもかくにも10分程度で落ち着きを取り戻す。「オフサイドになったが、F東京の開始1分のCKからゴールネットを揺らされたときは、表情に出さなくても少なからずショックはあったと思う。(J’s Goal)」というレポートがあったが、5人もオフサイドに引っかけておいて、ショックもクソもあるかw
そのうち、前半途中からロングボールの蹴り合いのようになってきたのであるが、ここで大きく差が出た。FC東京のボールの収まりが良すぎる。FC東京・注目の重松と2年生DF、ムネヤノフこと宗近がマッチアップしたのだが、173cmの重松が181cmの宗近に対して、ほとんど競り負けない。重松が競り負けないというか、宗近が勝てない。宗近もムネヤノフと呼ばれるほど安定感があり、サポの間では「槙野とムネヤノフの2CBが見たい」と言われるほどであるにも関わらずである。一方、広島の方はボール精度を欠き、ボールが収まらなくなっていた。
あと、重松のレベルが一つ抜けていると思ったのは、DFを背負ったときのボールの扱い。DFを背負ったときに必ず1~2フェイクを入れてから振り向こうとするのだ。こうすることで次第にDFの足が出なくなる。そして、このプレー中、相手の圧力を手と片足だけで支える。180cmを超えるDFを背負いながらフェイクを入れることがいかに難しいか、プレー経験のある方でなくてもおわかりだろう。
失点と退場
重松のプレーは、ファウル覚悟でしか止められないものだった。それによってもたらされるFKはほとんど重松が蹴っていたのではないだろうか。前半、重松はFKを5本ほど蹴ったかと思うが、すべて無回転シュートを狙ったものだった(1本は失敗)。そのうち1本が田村の手をはじき、ゴールに吸い込まれた。
田村にとってもどこに当てに行くか迷ったシュートに違いない。結果としてあのようなゴールになった。GKにとっては悪夢のようなシュートだ。パンチングしようにも、最初からパンチングに行こうと思っていなければ行けないのである。そして、密集地帯、大きな変化をするシュート、真正面に飛んでくるボール、これに対するパンチングという判断も、勇気が必要なのである。
そして訪れた翔平の退場の時。
正直、競り合って着地時に足が絡んだようにしか見えなかったし、その場で飛んだ翔平に対し、競り合ったときに斜めに飛んでいたのは重松だった。しかし、This is Footballである。
大崎の熱い想い
翔平の退場の時、駆け寄ったのは大崎だった。正直、意外だった。
大崎はちょっと適当に、手を抜いてやっているとすら思っていた。Jビレッジに行ったときも、前橋に行ったときも、一度ずつ「真面目にやれ!」と声を出してしまった位だったから。
でも、こと決勝に関してはそんなことがあるわけはない。初めて大崎の熱い想いを見た気がした。
もう一度大崎の熱い想いを見たのは、負けて泣きじゃくる大崎の姿を見た時だった。出来れば別の形で見たかった。プロで見せてくれ。
前半は0-1。1人退場したのだから、上出来である。
試合~後半~
セナが入って、攻撃は格段に良くなった。それに、ボールが回るようになった。これが広島のサッカーだ、と言える場面が増える。「どっちが11人か分からない」とまではいわないものの、互角以上の戦いをしていたように思う。
その原因は、広島の戦術にある。広島の戦術は、トップと同じ「プレスの向こう側にあるスペースを狙う」である。大人数でプレスをかけるとその向こう側には広大なスペースがある。全体では11対10であっても、局地的には数的同数が多く現れるものだ。それをかいくぐっていけば、その向こう側には数的有利の局面を作れるスペースがあると言うことだ。
もちろん、ベースは運動量である。だから、運動量が落ちてくる終盤のカウンター一発で沈められてしまったのは仕方ない。広島のサッカーかくあるべし、を示してくれたように思う。
終了後
やはり悔しいね。

ハーフタイムに作ったこのダンマク、出してやりたかったなぁ。

サンスターカップ、クリスタルガラスだったもんなぁ・・・。
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西川、大分退団決意、対抗馬は京都のみの模様
西川が大分を出ることだけは決意した模様。
※太字は引用者。
(前略)
主力の大量放出が進む大分。それでも下部組織の大分U-15から育ててきた西川を慰留してきた。だがJリーグは2・5億円の追加融資をする条件として、年間予算を9億円程度に抑えるよう指示。再建計画で同13億円と掲げたクラブは一層の財政緊縮が必要で、2300万円(推定)と高額年俸の西川を残すのは厳しくなっていた。
(中略)
原靖強化部長は「彼は大分の宝。広島、京都の話を聞いた後、うちと比較してもらう」とあくまで慰留の姿勢を見せる。だが、その苦しい胸の内は西川にも伝わっている。「現役生活の最後は大分で終えたい。どんな状況になろうと必ず帰ってくる」と誓った。
広島からは既に話を聞き、25日には大分市内で京都の加藤久監督らと会談する。西川は「自分が魅力あると感じた場所が一番成長できる。年内には結論を出したい」と明言した。一回り成長するために、西川はひとまず大分から巣立つ。
年俸から考えると、1億円以上の移籍金でもおかしくはない。そう言う面では京都の方が優勢かも知れないが、前に書いたように前田俊介の移籍金の残りがある。金銭面ではちょい不利、と言ったところか。
しかし、色々な選手が移籍の理由としている「広島の魅力的なサッカー」という武器がある。それでぜひ獲得し、GKの競争を活性化させ、またGK王国である広島を見たいものである。
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中国新聞神話、ついに崩壊
- 2009-12-25 (Fri)
- サンフレッチェ広島

広島サポの中でしか通用しない言葉は多々あるが、その中の一つに「大本営」がある。別に、かつて大本営が置かれた広島城址に近い、サンフレッチェの公式サイトをやっているTSSのことではない。(近いのはTSSじゃなくてRCCだったあああああ。TSSは出汐でしたw F&Co.さんご指摘感謝。)
大本営とは
中国新聞のことである!

ここで言う大本営とは、「権力者のような力を持つ者が自己の都合の良いように情報操作をして虚偽の情報を発信することの比喩(Wikipedia:大本営)」ではなく、本来の意味の「天皇直属の最高統帥機関(同)」に近い。つまり、クラブ直属の準公式広報機関である。
もっと言うなら、
大本営発表は基本的に真実である
と言うことであったのだ!広島サポはスポニチに発表されようが、ニッカンが飛ばそうが、真偽を中国新聞に発表されているかどうかで測る。例えば、
「うーん、何紙かには出てるけど、大本営発表まだだしなぁ」
といった具合である。それほどまでに信頼感があるのである。それは、過去に報じてきた多くの報道が証明しているからに他ならない。中国新聞が報じるとは、そういうことなのである。中国新聞が報じればそれは決定事項だったのである。
神話の崩壊
工藤へのオファーが報じられたとき、広島サポは「工藤獲得!」と、ほぼ決定事項のように語っていたわけだ。東スポのように、折り曲げた紙面の向こう側に「工藤獲得か」とかない。
「○○獲得へ」とあれば、それは獲得間近を表し、「○○へオファー」とあれば、それはまとまりかけているオファーを示す。
それがだ。
なんと。
まさか・・・。そんなはずは・・・。
大本営の発表は真実に近い。より決定的に書かれた記事についてはより真実に近い。従って、これもまた真実として広島サポに受け止められる。
工藤の獲得は失敗に終わったのであろう。
これは同時に、「中国新聞が報じれば決定」という神話の崩壊を意味する。
しかし、俺達は信じている。中国新聞が真実を報道し続けることを。
なんだこのオチ。
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西武池袋本店でのトークショー決定
- 2009-12-24 (Thu)
- サンフレッチェ広島

最終戦あたりでは「オファーすらない」と言う話だった、毎年新春恒例の西武池袋本店での広島選手トークショーですが、アナウンスが出たようです。
1月3日(日)サンフレッチェ広島選手トークショー&サイン会
2009年シーズンは見事に上位を獲得し、リーグ優勝を狙うサンフレッチェ広島から、人気実力ともに兼ね備えた3選手が登場。
楽しいトークにご期待ください!■日時:1月3日(日) 午後4時~(約90分)
■会場:7階(南ゾーンA11)=大催事場内 特設会場
■参加費:無料(300名さま限定)
■ご参加方法:会場の都合により300名さま限定での開催となります。参加ご希望のお客さまにはイベント開催当日の午前10時から、7階=大催事場内 特設会場にて、先着順に整理券をお配りいたします。なお、先着100名さまには「着席観覧券、サイン色紙引換券」を、先着101名さまから300名さまには「お立ち見入場券」をお配りいたします。※開店前並び場所:本館1階=車寄せ口
おお。だいぶ明確になってますね。出席者は
- 寿人
- カズ
- 一誠
の3選手。寿人&カズは予想できたんだけど、まさか一誠とは。いや、ぶっちゃけ槙野だと思ってましたw
と言うわけで、3日早朝は池袋で。僕は行けた試しはないのだけども・・・。
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西川の移籍と未払移籍金
西川が広島に来そうだ。なにせ、大本営に出ているのだ。
京都という噂もあったようだが、ここで大きな推進力になったと見られているのが、前田俊介移籍時の未払移籍金だ。
未払移籍金自体は悪いことではない
そもそも、移籍金は必ずしも一括で支払われるわけではない。
Jリーグのクラブは事業規模が10~20億円のところが多い。そういう会社(組織)が、現金を潤沢に持っているとはなかなか考えにくい。ローンが組まれることもある(というか、こちらの方が多いだろう)し、たまたま一括支払いもある。利率がいくらかと言うことにもよるが、獲得する側(移籍金を支払う側)にとっては、出金は遅い方がいいのは当たり前なので、よく使われる手段である。
ちなみに、移籍金収入が会計的にどのようになっているかは分からないが、「移籍金収入 3億円 |未収金 3億円」みたいな仕分けがされている可能性は高いので、既に収益としてカウントされる、広島の2007年度決算のような例(駒野の移籍金で3億弱入ってきたので黒字だが、それが現金によるかは分からない)もあろう。
未払移籍金自体はぜんぜん悪いことではないのだ。
未回収の移籍金は頭の痛い問題
前田俊介の移籍金はどのくらいだったのだろうか。
2006年の更改が750万円で、移籍時に22歳未満なので係数は10。期限付き移籍後の完全移籍なので、係数は半分になり5。従って、750万円×5 = 3,750万円、が目安になるが、600万円程度に減額されたオファーである可能性もあるので3,000万円程度かも知れない。いずれにしても、結構な金額である。
で、支払は3年払いとしても残り2,000万円は残っていたと思われるわけで、昨今の大分の経営危機っぷりを見るとこれは明らかに不良債権である。広島にとっては、これをどうやって回収するかは大変頭の痛い問題なのである。
ならば、支払に充当してしまえ!
というのが、今回広島が採った手段。ここで、双方のニーズを比べてみたい。
大分のニーズ
- 経費削減:西川の高い年俸
- 債務超過額の圧縮:未払移籍金の相殺
- 収入の増加:西川の移籍金
ここで注意したいのは、戦力保持はもはやニーズではないのである。会社の存続が第一なのだ。
広島のニーズ
- コストパフォーマンスの高い選手獲得
- 戦術にフィットする選手の獲得
このようなものだった。が、こと相手が大分となると、
- 不良債権の処理:未収移籍金の回収
が、どーんと乗っかってくるのである。このあたりが上手く絡んで実現に向かっているのではないだろうか。あとは、未払移籍金を満額返済するかどうかとか、そのあたりのテクニカルな話をしているのではないかと思う。
そのうち発表されると思います。
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陽介の移籍、成長とその対価。
陽介の移籍が決まりましたね。
サンフレッチェ広島所属の柏木陽介選手が浦和レッドダイヤモンズへ移籍することが決定致しましたのでお知らせ致します。
自身のblogでもコメントを出しています。
この件については、色々葛藤?迷い?や腹立たしいことがありました。五月雨式に書いてみたいと思います。
陽介は日本サッカーの一つの形
その前に。
陽介は、日本サッカーの未来の一つの方向性だと思っています。すなわち、テクニックと運動量で日本が劣るフィジカルを使わなくていい状況を作る、というのが目指す一つの方向性だ、ということです。
そう言う意味で、陽介には広島だけではなく、日本を背負ってもらいたいとずっと思っていたのでした。そう言う選手を愛さないわけがないのです。
では、本題。↓
陽介の移籍の理由
初めて陽介の口から移籍の理由が語られました。
自分で考えた末に浦和でやることで成長できると思いました。
これだけお客さんの入るスタジアムでできる喜びや、プレッシャーの中でやっていきたいと思いました。
俺1人ではほんとに決めることができなかったと思います。
だからこそ厳しい新しい環境に足を踏み入れようと決意しました。
より厳しいプレッシャー、より厳しい環境というのが根本的な理由なのでしょう。彼の中では、きっと
- 広島に残って中心選手として試合に出続けることでステップアップする
- 試合に出ることがより難しいチームに移籍して、そこで努力をすることでステップアップする
という2つの間で揺れ動いたことでしょう。僕が陽介なら、後者を選択します。僕はどの集団においても「中位ちょっと上」を目指すので、陽介のように「揺るぎない中心選手」となった場合、努力を怠ると思われるのです。
本質的に、陽介は努力とネガティブへの反抗心でできています(おちゃらけキャラは仮面だと思ってます)から、より努力をしなければならない状況、よりネガティブ要素がたくさん出てくる状況を選んだのでしょう。
移籍の金銭面について
もちろん、某所で言われているような金銭面がないとは言いません。が、金銭面がトッププライオリティではないことくらいは分かります。むしろ、金銭面は非常に重要なファクターであるべきと思います。
陽介の年俸は、中国新聞推定ですがこんな感じです。当然、出場/勝利給は含みません。
2006年:480~600万円(単年)
2007年:720万円(単年)
2008年:1440~1800万円(単年)
2009年:2200万円(単年)
2010年:4000万円(3年契約)
広島での平均年俸は1000万円強/年。おそらく、このまま居て、日本代表常連と言うくらいになっていけば5000万円くらいまでは出せるでしょうから、32歳くらいまで現役で居られるとしたら(陽介の現在のプレースタイルは長くできる物ではないでしょう)現役の間の総年俸は5億円程度にはなるかと思います。その後、30年くらいをサラリーマンの平均年収で働いたとしても、6.5億くらいでしょうか。
しかし、ビジネスで成功した人は数十億円に届くわけですし(ベンチャーから成功した会社にいて、株を持っているだけでも数億円、と言うこともあります)、平均年収1000万円として40年勤め上げるだけでも4億円です。平均年収1000万円というサラリーマンは数千~数万人いる中で、数百人しかいないプロのサッカー選手、しかも成功した選手が6.5億円では、正当な評価とは言えないかも知れませんし、そう考えても良いと思える金額だと思います。
そうすると、可能な限り稼げるところに行かねばならない、というのは選手の行動原理としては理解できる一面なのです。むしろ、きちんと生涯設計ができているとも言えます。
安い年俸で自分のチームに居てくれるのは嬉しいのですが、そうであればお金以上のやりがいや充実感、成長できたという実感、サポーターからの愛などお金に替わる価値を選手に十分付与するべきです。会社と同じですね。
だから、仮に陽介がお金のために移籍したと言っても、それはお金以外の価値を提供できなくてスマンとは思いますが、金の亡者などとなじる気にはなりませんね。
移籍を確信した後の立ち位置
今回、一番困ったのは移籍を確信した後、上記のような「ちゃんと理解してるぜ、フフン」顔と、サポーターとしての純粋な「行かないでくれ!」という気持ちのどちらを出したらいいのか、と言うことだった。
移籍を確信していないのなら、署名にも参加しただろう。しかし、決意した上でチームメイトにも伝えたに違いない光景(京都戦後、泣きながらチームメイトと抱き合う姿)を見た後では、応援すると言うことが決意をした選手の後押しをすることなのか、決意と異なったとしても自分の信じる道に沿うように首根っこひっつかんで自分の思うように後押しをしていくことなのか、分からなくなった。結局、このエントリーも含めて前者を選んだわけだが。
ということなので、素直に陽介を送り出したい。駒野の時は1年経った入れ替え戦まで直視できなかったが、今回はきちんと年内に気持ちの整理ができそうである。
蛇足:アホ議論
そんな中で、アホみたいな議論をふっかけてくる奴はいるもので。曰く、
「行動している人がいるんだから、行動していない、サポーターである(≒行動することがその存在意義である)はずのあなたが行動を邪魔するような『移籍を確信している』と書くのはいかがなものか」
と。的外れも甚だしい。目的と手段の区別が付いていない。行動は目的を達成するための手段に過ぎないし、その目的に行動を必要としないなら、「行動しないという行動」もその手段に含むのは当然である。「サポーターは行動する者だ」というのは、正しくは「サポーターとは、目的があり、それに行動が必要であれば行動する者だ」であって、必要でないときにも行動するというのは右往左往という。
まさか署名活動をしている最中、「柏木陽介選手を気持ちよく送り出す署名にご協力下さい!」という署名活動でもやっていれば良かったのだろうか。そんなことをしたら陽介はどう思うだろうか。行動することが選手のためにならないことであれば、行動すること自体が悪だ。
・・・なんでこんなガキっぽいことを書かなきゃならんのだ。アホらしい。
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ACL同組(予定)の浦項より近いJ1チームが4チームしかない件
来年のAFCチャンピオンズリーグのドローが行われた。未定の1枠を含めて、日本勢はすべての組み合わせが決まった。

天皇杯で川崎F、G大阪、鹿島のいずれかが優勝した場合、広島がグループHの「Cup Winner(JPN)」の場所におさまることになる。早速、妄想しまくってみたい。
各都市への距離
日本国内なら肌感覚で何時間かかってどのくらいの距離、とか分かると思うのだが、海外だとそうもいかない。実際の距離を測ってみた。ちなみに、ポハン・スティーラースは韓国・浦項市、山東魯能泰山は中国・済南市、アデレード・ユナイテッドはオーストラリア・アデレード市である。

アデレード遠すぎ。
さすが時差180日。川崎Fがぶつくさ言ったテヘランより遠い。国内の年間移動距離が川崎Fよりも8,000km以上長い広島が、さらに15,000kmも移動するってどういうことよw
あれ?なんかクソ近い場所があるぞ。
浦項だ!
浦項と、国内J1チームとの比較
357kmって。最終戦で浦安から広島まで往復したとき、1,700kmくらいだったぞ!(・・・ってことは、山東にも行けなくはない距離かw)
比較するために、上の地図に広島-浦項を半径とし、広島を中心とする円を描いてみた。

浦項よりも近いの、神戸、G大阪、C大阪、京都だけじゃねえか!!!!!東京-大阪よりも近い。
だから、広島から関東に遠征するより、広島から浦項に遠征する方が楽だよ!!!
広島のみんな、浦項にはたくさん行こうぜ♪
・・・んなわけないだろw
まあ、そんなに単純ではないことは分かっている。実際に移動する際には結構大変だ。
ポハン・スティーラース
広島―(飛行機)→ソウル―(KTX:韓国の新幹線)→大邱―(バス)→浦項
広島―(新幹線)→博多―(ビートル:高速船)→釜山―(バスか鉄道)→浦項
山東魯能泰山
広島―(新幹線)→大阪/関空―(飛行機)→済南
広島-(飛行機)→北京or天津-(鉄道かバス)→済南
アデレード・ユナイテッド
広島―(新幹線)→大阪/関空―(飛行機)→アデレード
何が重要かって、これをどうやって簡略化していくかだ。
人を400人集めて、選手と一緒にチャーター機で広島空港から浦項空港に直接入れるようにするとか。
(まあ、これには問題もある。チャーターだと間違いなく格安航空券+鉄道の2~3倍の価格になってしまうと言うことだ・・・)
まだまだ時間はある。妄想と計画と行動していきましょうかね!
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広島サッカー、悲喜それぞれの頂点:第34節:○4-1 京都@ビッグアーチ
きのりんと話していたのだが、広島のサッカーを応援し始めてから最も気持ちいいサッカーを見た、というのはどうも共通の感想のようだ。ただ、最も優れたサッカー、と言うわけではないのには注意である。
この上なく気持ちの良いサッカー
柳沢、ディエゴをあざ笑うかのように20本、30本とつながるショートパス。3人、4人とプレスをかけてもするするとプレスをかいくぐっていく。パスが回っていくとバックスタンドからも大きな拍手が。B6からは「オーレ!」の大合唱。ボールを持ったカズが顔を上げると洋次郎が、ハンジェが、公太が走る。それを見て京都は必死に距離を詰める。が、何もなかったかのように槙野とパス交換。
気を抜くと京都陣内に深く、深く打ち込まれる匕首のようなクサビのパス。恐怖で下がっていく京都のディフェンスライン。空いたバイタルエリアに侵入し、かき回す陽介のドリブル。鉄槌のようにたたき込まれる浩司のミドルシュート。ラインが上がったと思ったらあざ笑うかのようにディフェンスの裏に落とされる、カズや盛田からのロングフィード。そして飛び込む槙野。なぜお前がそこにいる。
中島がぬるぬるとドリブルで上がっていく。クサビのパスから洋次郎がダイレクトで寿人へ、さらにダイレクトで裏に通し、浩司が走り込む。ゴール、かと思いきやオフサイド・・・みたいなのが2つ。
こんなに楽しいサッカー、ねえよw
でも、試合後、寿人は泣いた。
この上なく悲しいサッカー
こんなに悲しい試合もそうはない。
試合前
僕たちは前の晩から夜通し車を運転して朝8時頃到着し、ビッグアーチでコレオの準備をしていた。

やはり、夜明けのビッグアーチは美しい。アストラムラインからビッグアーチへ至る道は日本でも有数の美しいスタジアム情景だと思うのだ。この時、このスタジアムでチームメイトとしての陽介やハンジェを見るのはおそらく最後、少なくとも区切りになるのだろうと、悲しくなった。

それでもビッグアーチは、美しい紅葉を背に朝日を浴びていた。これも移りゆく時間の中では仕方ないことなのか。
1点目
ハンジェの爆発的ダイアゴナルランがB6からもよーく見えた。と、思ったらカズから・・・ずっと一緒に戦ってきたカズから、ハンジェの歩幅まで測ったようなロングパス。これはハンジェのゴールきたか!?と思ったのだが、なんと止めやがった。しかし、ハンジェが「あれがどうして入らないのか。それが俺の人生なんです。」と語ったシュートを寿人のゴールにつなげたのも、またハンジェである。
ハンジェは手を抜かない。
ハンジェは逃げない。
ハンジェは戦う。
このゴールは、ハンジェそのものだったのかも知れない・・・と思うと、また悲しくなった。
2点目、3点目
またハンジェだった。この日のハンジェはすごかった。誰もが「なぜ契約しないのか」と憤るほどに。
サイドでのハンジェは、今や絶滅が危惧されるクロサーである。何回も引き合いに出しているが、マンチェスター・Uはベッカムがクロスを上げる1秒を作るためにはどうするか、というところから戦術を作り上げた。広島ではそう言うことではないのだが、ボールを保持してペナルティエリアをなぞるようにボールを回し続ける広島のサッカーでは、ハンジェのための1秒が数多く生じる。そこから放たれるクロスは、京都・加藤監督のカードを切らせるに十分な脅威を与えていた。
そんなハンジェがフリーで蹴ることができるコーナーキックほど、得点の匂いがするコーナーキックはない。何本も危険なシーンを演出した右足は、どうして今まで得点がなかったのか分からなかった盛田のゴールに結びついた。もう一度放ったコーナーキックは、槙野をDF得点王に押し上げるキックとなった。
一番好きな海外のサッカー選手はベッカムだ、と内外共に明言しているクロサー大好きな僕としては、このクロサーを失うことを思うと、また悲しくなった。

そして、後に中国新聞サイトでこの写真を見て、たまらなくなって泣いた。
4点目
槙野のFKからのゴール。多分揺れていたのだと思われるシュートは寿人の前にこぼれた。
ゴールを決めた寿人は、こちらに走ってきた。キャプテンマークを外しながら。沢山の数字が書いてあった。ケガした選手の番号、今期契約終了の選手の番号、そして、ひときわ大きく書かれた10番。既に泣いている人もたくさんいた。僕は戸惑うばかりだった。
それが、「10番、ありがとう」なのか、「10番、残ってくれ」なのか分からなかったからだ。
しかし、時間が経つにつれて後者なのだろうなと思うようになった。正直、何をしたらいいのかとか分からない。何がしたいのか、とかもよく分からない。
試合後のサンフレ劇場
敢えて、おそらく最後の陽介出演のサンフレ劇場、と言う。2007年と今回の両方を目の前で見たのだが、今回は「もう決めている」という感じが非常に強かったのだ。もう一つ圧倒的根拠はあるのだが、それはあとで。
3人は、ご覧のようにスタジアムにほとんど人がいなくなったような状況になって初めて出てきた。シーズン終了セレモニーの後スタジアムを一周し、引き上げた。そして、一度お立ち台を引っ込めた後「劇場やる」と言うことで始まったものだ。

良太が「ベンチで応援頑張った!」とか、槙野が「俺がサンフレッチェの槙野智章だ!センキュー、センキュー、センキュー!」「秋葉市長に専用スタジアム直訴してきます!そしたら劇場も目の前です!」とか話していたのですが、もう雰囲気が暗い。
陽介が話している内容は全く覚えていない。
陽介が自分の言葉で話していない感じがしたのである。
陽介が移籍する、と確信した理由
実は、劇場での槙野の発言である。細かいところは違うが、引用としてみたい。
みんなはこれからオフになりますが、僕はしばらくオフになりません!
雑誌とかテレビの取材とかで12/16まで仕事がいっぱいだからです!
それというのも、良太と陽介が仕事をキャンセルしまくったからです!
ま、その分だけこちら(金)も入ってくるんですけどね!
良太が仕事をキャンセルするのは分かる。ケガしていて危ないからだ。しかし、陽介が仕事をキャンセルするというのはどういうことだ?
- 代表に選ばれてしまったので時間がない
- 休みたい
- 移籍するから広島の選手として出られない
代表のキャンプ(12/8~10)には選ばれてないし、普通に考えて移籍でしょ・・・。
もし移籍するとしたら・・・
実際、陽介が移籍するとしたら、死んだじいちゃんと見た吉田での立ち姿からずっと見ている僕としては酷く狼狽すると思うし、できることなら残って欲しいとも思う。彼が居れば、きっと広島は近いうちに2回目の黄金期(東洋工業を入れると3回目か)を迎えられる気がするし、それも確信している。
でも、彼の上昇志向の強さも知っているし、プロとしてより高く評価されたいという気持ちが強いことも知っている。彼のような運動量に任せたプレースタイルは、そのままでは年を取ってプレーできない。三十代半ばまでに稼ぎきらなければならないという危機感もあろう。
だから、積極的に引き留められないという気持ちもあるのだ。
そんなことを、もう誰もいなくなってしまって冷え込んてしまったビッグアーチで考えていました。

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