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2009-09
検証:鹿島-川崎戦の「後半29分からの再試合」はあり得るか?
広島はだれがなんと言おうと中島の大活躍によって無事、3-2で勝つことができた。
ストヤノフのFKのレベルの高さ(体が完全に右を向いてるのに左に巻いて落とすFK)も驚いたが、やはり最終盤に中島がポジションを上げ、ボールの収まりどころを作ったのが非常に大きかったのではないかと思う。さすがである!!!
槙野は劇場でもPKだ、と言っていたが、ありゃ俺でもシミュレーションとります。もうちょっと上手く飛びましょう><
仮に飛んでなかったとしても、左足で踏み切ったらいかんわぁ。
さて、この節はちょっと珍しいことが起こった。試合の中止である。
中止の決定の後、チョン・テセが座り込んだり、サポが怒号を発したりしてかなり混乱していたので、原則はどうなのかを確認してみたい。
Jリーグ規約での取扱い
ものすごい雨が降ったようなのだが、結局中止という判断が岡田正義主審、マッチコミッショナー、鹿島の試合開催実行委員によって下された。これは、Jリーグ規約第62条に基づく判断である。
第62条〔試合の中止の決定〕
試合の中止は,主審が,マッチコミッショナーおよびホームクラブの実行委員と協議のうえ決定する.ただし,主審が到着する前にやむを得ない事情により試合を中止する場合は,マッチコミッショナーおよびホームクラブの実行委員が協議のうえ決定する.
試合中断が後半29分だった、ということもあり、試合の中止、ノーゲーム、再試合という扱いは確かに受け入れがたいものだろう。テレビで見ていたが、川崎サポの中には泣いてしまった方もいたようだった。
余談だが、ノーゲーム裁定が下ったときに鹿島サポが湧いていた。残り16分での逆転はないからノーゲームにしてくれてありがとう、という歓声なのだろうか。
ノーゲームについては、2009 Jリーグ試合実施要項の第48条に書かれている。
第48条〔開催不能または中止となった試合の記録〕
開催不能または中止となった試合の出場および得点は,記録されない.ただし,警告・退場の処分については規律委員会に委ねられるため,記録として残る場合がある.
この裁定自体は、Jリーグ規約第63条に明記されている。
第63条〔不可抗力による開催不能または中止〕
公式試http://blog.fckbu.jp/wp-admin/post-new.php合が,悪天候,地震等の天災地変または公共交通機関の不通その他いずれのチームの責にも帰すべからざる事由(以下「不可抗力」という)により開催不能または中止となった場合には,原則として再試合を行う.
残念ながら、今回の判断は規約上、どうしようもないもののようです。
「後半29分からの再試合」はあり得るのか?
基本路線は再試合で概ね間違いないだろう。「原則として」とありはするが、こういう場合に主審とMCというピッチとゲームの最高責任者が現地で一度下した裁定を、過去に遡って覆すことは非常に難しい。また、中止と判断した瞬間に記録は破棄される(記録されていないことになる)ので、考えられるケースとして
- 中止という判断を覆して中断扱いとし、スコアを引き継いで後半74分の時点から試合再開
- 中止(必ず記録破棄を伴う)後、前半0分から0-0の状態で再試合
のいずれかしかあり得ない。後半0分0-0からの再試合やスコアを保ったままでの後半開始、前半開始からの再試合は、再試合でもなく、中断でもないので全く筋が通らない。
では、どちらがより選ばれやすいのだろうか?
過去の中断事例
過去、試合開始後の中断は5件あるようだ(Wikipediaより抜粋)。
1997年5月17日 J・浦和 – 横浜F
前半終了後、記録(浦和 0-1 横浜F)を無効にし、
後日0-0から再試合を開催(浦和 1-3 横浜F)。1999年8月18日 J1・広島 – 福岡
前半終了後、記録(広島 0-0 福岡)を無効にし、
後日0-0から再試合を開催(広島 2-0 福岡)。2004年9月26日 J1・大分 – 名古屋
前半終了後、記録(0-0)を無効にし、
後日0-0から再試合を開催(大分 0-4 名古屋)。2007年8月6日 J2・鳥栖 – 湘南
前半終了後、記録(鳥栖 0-1 湘南)を無効にし、
後日0-0から再試合を開催(鳥栖 2-1 湘南)。2009年8月9日 J2・栃木 – 横浜FC
後半13分44秒、「栃木 0-0 横浜FC」の時点で40分中断後、中止。
後日0-0から再試合を開催(栃木 1-0 横浜FC)。
今回のケースとして最も近いのは最後のケースだ。中断時点で0-0だったため、このスコアを引き継いで0-0から再試合をしたのか、完全にリセットして0-0から再試合をしたのか難しいところだが、前半0分からの再試合と言うことなので後者だと考えられる。つまり、スコアを反映して再試合を行った実績はないことが分かる。また、同様に試合途中からの再試合実施(中止を中断扱いに訂正)はない事が分かる。
この時点では、おそらく0-0からの再試合、と言うことになろう。
考慮されるかも知れない要素
ただ、どうしても無視できない「原則として」の文字。今回初めてのケースとして
- スコアが動いた状態で後半途中での中止
- 後半深い時間帯での中止
が同時に発生した。このあたりがどのように影響するかが気になるところだ。
一方、試合に対する主審、MCの影響度や「主審の判断は最終判断」(試合の中止に対しても同様なのかは分からないが)ということを考えると、原則を覆せるかどうかは微妙なところではある。
正式には理事会の裁定を待ちたい。個人的には、「後半深い時間帯」と「スコア」の判断基準を1回の理事会で作りきれないと見て、再試合に1票。
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日本が世界に通用するために必要なたった2つのこと
あまりこういったライフハック的な書き方は好きじゃないのだが、書いている内容があまりにライフハック的だったのでこういう題名にしてみました。
日本が世界に通用するために必要なたった2つのこと
それは、
- 攻められるときに攻めない判断
- 攻めてはならないときに攻めない判断
の2つ。攻めなくてはならないときに攻める判断や、攻めなくてもいいときに攻めない判断、というのは比較的できていると思うので。
攻められるときに攻めない判断
攻められるときに攻めない、というのは何となく気持ち悪いと感じるかも知れないが、現在の日本は攻められるときに攻めすぎる感じがする。ゲームを支配しているのに、まるでこの時間帯しか押し込めないかのように嵩にかかって攻撃する。
「攻められるときに攻めない」というのは、言い換えれば
- 相手を探る
- 駆け引きする
- 相手の体力を削る
- 布石を打つ
のような行動のことだ。攻めてもいいのだが、崩れていない相手を力でこじ開けようとしてもムダである・・・とは言い切れないのだが、力ずくでこじ開けるにはこちらもそれ相応の力が必要である。そのため、力を使うタイミングを計る必要がある。しかし、日本はそれができていない。一本調子と揶揄される所以である。
ところが、広島のサッカーではそういう「探り」のパスが非常に多い。森﨑和幸が戦列を離れている今でこそ少ないと感じるが、それでもストヤノフがロングパスを入れようとする瞬間、相手ディフェンスラインは寿人やミカを捕まえなおすだろう。そこに他の選手に対する隙が生まれる。青山が陽介から戻しのパスを受けた瞬間、寿人をちらっと見る。その瞬間に寿人ではない選手に隙が生まれる。
一見、攻める気のなさそうなボール回しから、ほんの少しだけ前に向かおうとする。ディフェンスはぴくっとなる。でも、出さない。
ストヤノフがドリブルで中盤を切り裂く。ディフェンスは全力で当たることを余儀なくされる。でも、決定的なリスクを冒す前に安全な場所までボールを戻す。
フリーでミカが抜け出す。仕掛ける。抜ききれない。ペナルティエリアの角あたりで時間をかけてしまったら、ごにょごにょした挙げ句、なぜか中林までボールを戻してやり直し。
こういったことを丹念に、丹念に行う。こうやってDFが神経を使い続けなければならない状況を作る事によって、さらにDFに隙が生まれやすくなるのだ。
攻めてはならないときに攻めない判断
これは今すぐにでも改めなければ、日本サッカーの未来はない。
こと、最終ラインへのプレスにおいては、Jリーグには2種類しか戦術がない。
一つは最終ラインにプレスをかけないチーム。もう一つは、90分間いついかなる時にもプレスをかけようとするチームだ。
どちらもアホらしいが、後者はより一層アホらしい。
相手ディフェンスが2枚居て、どちらも完全に前を向いている。そのディフェンスに全力ダッシュでプレスをかけるFW。
<あんたバカァ?

とアスカさまがおっしゃるのもうなずけるのである。
万全の体制にあるディフェンスにプレスをかけるのならば、パスコースをおおまかに制限するだけでいいはずだ。いきなりボールを取る気満々で全力ダッシュしても、ウイイレをR1ボタンを押しっぱなしでプレーするようなもので、90分持つわけがないのだ。全力ダッシュでボールを奪いに行くのは山形戦の陽介(下記動画の3:10~)のように、ボールを受けたDFの体制が悪く、プレッシャーをかけるに値するときのみでよいのである。
「60分は通用した」に満足すると終わる
徹壱さんが言う「カミカゼ・サッカー」は、60分間は通用した。論者によっては、これを前向きに捉える方もおろう。しかし、ここは今一度アスカさまに出張っていただく。
<あんたバカァ?
徹底的にボールを回してほころびを丁寧に作っていくサッカーを指向する広島は、J2の44試合でイヤと言うほどカミカゼ・サッカーをやられてきた。
その筆頭格は甲府。前線3枚を常にDFに貼り付け、徹底的に追い回す。動けなくなったら交代させるのは前3枚。前3枚に限って言えば、カミカゼサッカーを90分間やってのけた。
勝てなかったのはその後ろの中盤で勝負できなかったためだが、その後広島が指向したのはカミカゼを受け流し、残り30分で相手の足を止めるためのパス回しだった。
中盤以降、また、今期に入ってからもだが、前半無得点でも(今まであり得ないほど)サポが落ち着いているのは、自分たちのサッカーをすれば相手は必ず残り30分で足が止まることを知っているからである。オランダはそれをやったに過ぎない。なーんも不思議なことはない。
< 90分間オールコートプレスなんて、山王工業でもムリだピョン。
ってことです。
どう考えても、サッカーが通用した時間を60分から90分に延ばすより、大切なところ60分を選び取れるスキルを身につける方が現実的だ。
岡田監督には、より現実的な選択肢を選び取って欲しいものだ。
補足:広島サッカー礼賛ではない
勘違いしないでいただきたいのは、広島のサッカーを代表でやれと言っているのではない。代表の試合を観て、たまたま代表の課題となっているところが広島で解決されていた、と言うだけだ。
広島のサッカーで非常に弱いのは、高さを使った攻撃への対処と、カウンターへの効果的な対処である。この二つは、代表が世界と闘う時に出てくる問題点の大きさに比べて、広島が日本で闘う時には問題点として浮かび上がりにくい。日本にはカウンター主体のチームは少ないし、平均身長が10cm以上も違うオーストラリアみたいなチームなんて存在しないからだ。
広島はそのあたりのリスクを「日本で闘う」という条件下で許容しているに過ぎない。世界で闘うとなると、許容はできないだろう。しかし、代表のサッカーを90分間続ける事ができるようになるには、参考になるはずだ。
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サッカーの質と選手獲得力
- 2009-09-03 (Thu)
- サンフレッチェ広島

李忠成が広島に来ることになったという報道が為され、公式サイトでも正式に発表されたのであるが、山形戦を無事終えた今、今回の移籍が成功した要因について考えてみたい。
いわゆる一般的な理由
この辺は別に語る言葉を持たない。若手を使うようになったとか、MFで起用されるようになったなど、ネルシーニョへの監督交代によって出場機会が激減したとか、広島のフロントが熱心に誘ったからとか、もしかしたら同じ(厳密には北朝鮮系と韓国系で異なるが)ルーツを持つハンジェが居たとか、そう言う話だからだ。
李忠成が高橋元監督に重用されており、その高橋元監督は広島とのつながりが非常に強い、と言うことは見逃せない事実ではあるものの、今回は見逃せない事実、程度で留めておこうかと思う。
今回は別の角度から話してみたい。
仮説:広島のサッカーが選手にとって魅力的だった
この仮説を強く推してみたい。
ちょっと前にあった、広島のサッカーは日本が目指すべき未来の姿だ、という論調。僕はこれに即答でYESと言うほど楽観的ではないのだが、ボールを奪ってから6秒以内にゴールを奪え、とかハーフカウンターが最高の戦術、とか個の仕掛けがないとどうしようもない、とか言われる(ちょっと古いか)現代サッカーにおいて、その方向性とは正反対を向いた、ポゼッションと広島のサッカーが多くの識者がそう感じていたことは間違いない事実だ。
これはもちろんファンにとっても当てはまることで、(おそらく心なしかというレベルを脱してはいないが)ファンが増えている気もする。
持論として、広島のファンは最初勝負に厳しいが、一度心が寄り添うと徹底的に寄り添う、という気質があると思っている。
このままよいサッカーと、ファンと選手の(本当の意味での)いい関係を築けていけば、カープと広島市民のような関係も夢ではないと思う。
ちょっと話がずれてしまったが、これは選手にも当てはまるのではないだろうか。
私のような一般のファンですら、クライフが率いた、私のもっとも尊敬するDFの一人であるロナルド・クーマン(今の広島にクーマンは10000%フィットすると言い切れる)擁するバルセロナの黄金期の様なサッカーには憧れる。しかし、ファンレベルでは憧れるだけで「バルセロナでプレーしてみたい」とは思わないだろう。しかし、選手であればどうだろう。いくら狭き門であるとはいえ、多少は「いつかはあのバルサで」と思うのではないだろうか。
では、もっと近くに、自分と同じカテゴリに良いサッカーをするチームがあったとしたらどうだろう。我々が大学の時に所属するサッカーサークルを「どこが強いかなー」「どこの雰囲気がいいかなー」と選ぶが如く、「どこが成長できそうか」「どこのサッカーが良さそうか」で選ぶのではないだろうか。
当然、生活がかかるのだから条件面はある。しかし、やりがいという物は条件を上回ることが往々にして、ある。
ベンチャーに身を投じる一流大学出身の若者が金銭的安定ではなく、チャレンジと自己の成長を望む事があるように。
自分のクラブでは王様で居られるのに、敢えてイタリアで挑戦することを選んだKINGと呼ばれる男が居るように。
人は金ではなく、自己の成長を報酬に求めることがある。
逆に、ベンチャーや地方クラブのように条件面で劣る組織が、そう言った優れた人材を採用しようとする場合、金銭面以外の条件で魅力を出すのが最も重要なポイントになる。
広島で言えば、中学生や高校生には優れた育成組織、サッカーに集中できる環境を提示することで、サッカー選手として成長できることを条件として提示してきた結果、優れた選手が集まり、また、集められるようになってきた。
同じように、トップでも魅力的なサッカー、サッカー選手として成長できるサッカーをしていくことで優れた選手を獲得できるようになるのではないだろうか。
また、そう期待したい。
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